弥富情報室ブログ

「あなたのふるさとになります」 山口県に弥富村があります。今は萩市ですが、かつて阿武郡にあった島根・津和野の隣にある小さな村。弥富村が好きな人々の温かい交流の場にしたいと思います。

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畳が淵 こんなにたくさんの人が来たのは初めて?

 弥富のシンボル 畳が淵 こんなに人が集まったのは初めてじゃないかと思うほど。200人以上は居られたような感じです。

 25日に畳が淵龍神まつりが開かれました。たくさんの人が来られました。
 
 今日はその写真集をアップします。


2010龍神007
  手前が山口県立大学吹奏楽部BLAZE、はっぴを着た来賓、向こうにたくさんこられたかたがた。

2010龍神001
 子どもをつれた人達もたくさん来ました。

2010龍神002
 石畳の上の水溜りで子どもを遊ばせル人もいます。

2010龍神004
 開会式。はじめてきたと言う市長、県議2人。ジオパーク二といっているのに、本気にならない市長の感覚はどうかしています。歴史がすきなんですが、この大地の歴史資料としてとても面白い阿武火山群。それを説くのが。右端の山口大学の永尾先生。その隣が、この企画を取り持ってくれた県立大学の安野先生。

2010龍神005
 木陰の下で演奏を待っているお客さんがた。

2010龍神006
 山口県立大学吹奏楽部BLAZE。

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2010龍神009
 石畳で子どもを遊ばせながらきく家族。石畳に座り込んで聞く夫婦など、それぞれに楽しんでいます。

2010龍神鈴野川小
 この4月に休校になった鈴野川小学校の校歌も演奏してくれました。

2010龍神010
 川床での演奏がいい雰囲気です。

2010龍神011
 最後の演奏です。この後片付けてすぐに山口に帰られました。午後から演奏会ということです。

2010龍神012
 休憩中 県道そばの駐車場には地元の人達によるバザー。森林組合、農協、田万川漁協、地元の手打ち蕎麦、焼き饅頭などが軒を連ねています。 

2010龍神永尾01
 山口大学の火山学者 永尾隆志先生。畳が淵ができた過程を易しく説明してくださいました。

2010龍神永尾02
 伊良尾火山や外国の火山の写真を見せながらその特徴を誰にもわかるように話しています。講演の様子をビデオに納める人もいます。

2010龍神永尾03
 溶岩の柱状摂理のところに行って説明する永尾先生。 

2010龍神永尾04
 溶岩が冷えて固まる状況を示す特徴を説明しています。実物を前にする説明ですから、実感として伝わります。

2010龍神014
 こんな渓谷が2キロ以上にわたって見られるのが畳が淵です。伊良尾山からの溶岩の流れは、12キロもあります。
 
 まさに「龍が通った道」としてツアーが組めるほど資源は十分にあります。ジオパークとして最適な阿武火山群です。

2010龍神015

 龍神まつりのように、火山の恵みを地元の振興に活かすのが、ジオパークの趣旨です。市長ももっと本気になってもらいたいものです。
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テーマ:山口県 - ジャンル:地域情報

  1. 2010/07/26(月) 08:07:28|
  2. 弥富の自然
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
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コメント

Re: はじめまして

まるさとさん、モチ冬樹さんのルーツ高森は、岩国市周東町です。

 お母さんのふるさと弥富村のIさんの御兄弟でしょうか。弥富村の市にIさんがおられます。
 
 弥富村は、いつから村になったのかということはわかりません。戦国時代にはすでに村があったと聞いています。弥富と小川の境に星の城という津和野の城主吉見の出城があり、大内との戦いの中で戦場になったと言われています。城が谷、落山という地名や「一万が鼻」という言い伝えがあります。小川の平山では、千人塚というものもあります。

 ここは、中国山地の典型的な中山間地です。平地が少なく、阿武郡の3貧乏村の一つでした。昭和30年に、弥富村と須佐町が合併し、新「須佐町」が出来ました。その時の逸話は、当時議員だった人から聞いています。弥富村は借金を抱えて、職員の給料が出せないほどでしたので、どこと合併するか模索していたらしく、金のありそうな隣接の須佐と合併することにしたということです。しかし、すさとの間に「金山谷」という深い谷があり、人々の交流という点では、田万川の流域の小川村とが一番ふさわしかったと今では思います。しかし、金がありそうだと踏んだ須佐町と合併しました。弥富村の悲劇はその時から始まったのかもしれません。合併してみると、実は須佐町にも大きな借金があって、大変な状況だったということです。しかし、合併してしまってからはどうにもなりません。鉄道の駅のある須佐に行くには、金山谷という険しく細い山道を通らねばなりません。役場がそんなところになって、みんな苦労しました。おまけに須佐の人は弥富を見下すようなことがあったと聞いています。

 そして、2005年3月、その須佐町も萩市、田万川町、川上村、むつみ村、旭村、福栄村と合併して新しい萩市になりました。

 ざっくりとした歴史です。

 神奈川県でしたら、武蔵小杉をご存知でしょうか。この駅前に寺戸さんという人が医院を開いています。何という名前か忘れましたが、旧毛利藩の藩医寺戸家の末裔です。弥富上の馬場で開業されていました。つてがあれば同郷ということを…といっても、寺戸さんも弥富を離れて世代が変わっているので、ご存知ではない可能性が高いですね。

 ぜひ、弥富においでください。宿泊施設もあります。交流促進センターは1部屋5000円です。4人ぐらいは泊まれます。食事は自炊です。コンビニはありません。信号機もありません。お店はほぼ農協だけです。羽田空港から石見空港へ来られると、空港からは30分から40分です。

 おいでくださるときはぜひ連絡してください。
  1. 2015/03/15(日) 20:16:55 |
  2. URL |
  3. 弥富のみやきん #-
  4. [ 編集]

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  1. 2014/12/06(土) 10:43:54 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

素晴らしいところですね。 4月に1か月間鉄塔を建てに行って気になっていたのに 素通りばかり 今津和野中曾野で工事していますので 近いうち訪ねようと思います。
  1. 2010/08/17(火) 19:19:20 |
  2. URL |
  3. エスポワール #-
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